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母の癌が判明し仕事を辞めて実家に帰り、無職の夫と入籍したころの話。

「35までに1000万。」のサイトのまとめの続き。昔に書いたものなので、なんだか文体とか、今と違う感じがする。

seri-o.hatenablog.jp

2007年秋、予想もしてなかったことに、母が末期の胃がんだということが判明した。余命6ヶ月。すでに手術はできないほど進行しているという。まだ54歳、若いのに。信じられなかった。

いろいろ考えて、お金を貯めることよりも、母と一緒にいることを優先することに。トリプルワークを全部辞めて12月には関西の実家へ帰った。その前に11月に夫と入籍した。

実家には帰ったが、自宅であるアパートは夫が住んでいるので当然借りたまま。生活費はもちろん私が払う。

またもや無職時代スタートです。なお日記はこちら↓
 無職時代(たまにバイト)その2  - 35までに1000万。

 

1 単発バイトをしてみた

実家で家事手伝いしつつも自宅の生活費は払うので、やっぱり収入は必要。母の調子がよい時には単発でバイトをやってみた。

以下、私が実際に経験したバイト3つ。
メリット・デメリットはあくまで「私にとって」なので、偏見満載です。

仕事#1 ケーキ製造工場

期間・・・12月クリスマスの3日間
給料・・・時給1,100円
備考・・・今だから書くと、アンリ・シャルパンティエ。
仕事内容・・・ケーキの製造補助

メリット
・ 大好きなケーキ作りの裏側を見ることができた!
・ 黙々と作業をするので、人間関係が楽。同じく短期バイトの人とそれなりに仲良くなれた。
・ なんと!最終日にアンリのケーキ食べ放題だった♪
・ お給料がいい。残業代もきっちりつく。

デメリット
・ 1ヶ所でずっと立って作業するのって結構辛い。
・ デコレーションはケーキ作りの最終過程なので、失敗が恐ろしくてものすごい緊張感。
・ ラインに入るとトイレにもいけない!
・ ピークの日は朝8時から夜10時過ぎまで、食事の30分・30分を除いては作業しっぱなしだった。

感想
・ 足腰がひたすら疲れたけども、それを吹きとばすぐらい、ケーキが美味しかった♪例年は食べさせてくれないらしい(それが当然か)のでラッキーだ。

仕事#2 試験監督

期間・・・2月、3月にトータルで7日間
給料・・・時給930円(監督補助)、950円(メイン監督)
備考・・・派遣会社Aより派遣、昼食付。
仕事内容・・・大学入試(今だから書くと関関同立のひとつ)の試験監督・補助・タイムキーパー・待機

メリット
・ 失敗があってはならないが、注意を払えば誰にでもできる。
・ 楽な割に時給がいい。ただ、バイト仲間によると、この派遣会社はピンはねしすぎらしい。別のところでやったり直接雇用だともっと時給がいいんだって。驚きだ。

デメリット
・ 立ちっぱなしは案外足腰にくる。
(だから試験の邪魔にならないように適当に歩き回る。)

感想
・ とにかく楽だった。
・ 私の担当した部屋ではなかったが、いくら前に立ったり声をかけたりしても、平然とカンニングする子がいるらしい。話を聞いて唖然とした。
・ 試験中、見たことのある顔があって、思い出したところ約10年前、教育実習で担当したクラスの子だった。年齢と名前が一致。一人で平然としながら興奮した。声をかけたりするのは絶対に駄目なので、それだけ。彼女が合格していますように。

仕事#3 試験監督

期間・・・5月のとある1日
給料・・・時給1,100円
備考・・・派遣会社Aより派遣
仕事内容・・・大学法人の職員採用試験監督補助

メリット
・ 上のと同様、楽な割に時給がよかった。
・ メイン監督が大学の先生や職員だったので、完全に補助業務。だから余計に楽だった。

デメリット
・ 仕事を受けたときは、何の試験監督をやるのか知らされていなかったのだが、過去に自分が受けた試験だった。まだ受けられる年代の人に羨ましさ満載。
・ 会場が母校だったので、知り合いに会わないかひやひやした。

感想
・ 大学法人等の職員採用試験と知ってたらやらなかったかもしれない。悔しいだけだ。
・ 交通費がでないのに、まともに行くと片道の交通費が1時間の時給を越える。そのへんも考えないとな。結局、片道は家族に車で送ってもらった。

 

2 ホームヘルパー2級取得してみた

実家で家事手伝いしつつも、母は寝たきり等ではなく、ほとんど普通に日常生活を送ることができていた。なので、2007年12月~年明けしばらくは、結構時間に余裕があった。

この機会に、以前から気になっていたホームヘルパー2級(今でいう、介護職員初任者研修)を取得することにした。以下は、長いまとめ。

<きっかけ>

その1:ラブホバイトで一緒だった看護助手さんに、おすすめされた。
時間のある時にとっておいて損はないんじゃない?と。
求人はいっぱいあるよー、と。

その2:母が数年前とっていたので自分もとれそう。
母は、福祉施設内にある宿泊処のフロントをやっていたので「仕事に役立つことがあるかも」ということと、その頃祖母が要介護5になったので「役立つかも」ととったらしい。母に介護が必要となった時に私も役立てるかもしれないと思って。

その3:障害者の授産所で指導員補助のバイトをしていた時に、こういう仕事を一生の仕事にできたらいいなと思った。ハローワークでみるとたまに授産所や施設の職員の募集をしている。ヘルパー2級以上がいる場合が多いので、とっておいて損はなさそう。

時間はあることだし、とれるときにとっておくことにした。

<取得に関する基本情報(2007年当時の情報です。古!)>

スクール・・・ニチイ学館

期 間・・・速習コース
自宅学習1ヶ月(課題を終わらせるだけなら3日)+スクーリング9日(期間にして約2週間)+実習4日(特別養護老人ホーム2日・デイサービス1日ヘルパー同行訪問1日)

ホームヘルパー2級は資格試験があるわけではなく講習の受講と実習で取得できた。ニチイでは、障害者ヘルパー2級も同時に取得できた。

費 用
基本受講料・・・91,248円
副教材・健康診断書(実習用)等・・・8,819円
その他雑費・・・1,556円
交通費・・・8,040円
合計金額・・・109,663円
※ あとで教育訓練給付金の申請が通り、受講料の2割(18,249円)がハローワークから支給された。

<ヘルパー講習を受けての雑感>

「資格をとるはいいが、今後の私の職業としてどうか」ということを、当時思ったままに残しておく。

ヘルパー2級をとろうと思ったきっかけは最初に書いた通りだ。私の場合、すぐに老人介護施設で働いたり、訪問介護のヘルパーを目指しているわけではなかった。

だけども、これからの時代、介護職であれば、資格があれば(なくても採用してくれるところもあるし)「職が全くなくて困ってしまう」ということではないんじゃないかという安易な考えがあった。

でも、講習を受けていて自分には難しい世界だと痛感した。この仕事は教職に通じるものがある。よく考えないと、二度も繰り返した失敗をまた繰り返すことになるから、次に就職活動するときにこの記事をもう一度読み直すつもりでまとめておきたい。

・私は人と関わるのが苦手。
人間相手の仕事だと、すべてそうなのだろうけど一番大切なのは利用者さんであったり、生徒であったり、その家族とのコミュニケーション、また職員間のコミュニケーションだと感じる。

私は、事務職で受付をしたり来客・電話応対をしたり、職員間で仕事上必要なことを話したり、様々な職場(バイトも含め)で他人とぶつからないといコミュニケーションはできると思っている。

だけども教職や介護職はそれとまた違う。どう違うかはうまく言えないけど、全然違う。ひとの人生に深く関わることに、責任を持ちたくないんだろうか。講座の講師が生徒皆に「人間が好きですか?」と聞いていたが。。

・私は創造することが苦手。
創造するというと大袈裟かもしれない。事務仕事で次に何して何してという段取りは思いつくが、レクリエーション等、創造性を要することはまるでやる気がおきない。明日この時間はあなたの担当なので、まるまる自由に考えてといわれても何も思いつかない。

・私は感情におぼれやすい。落ち込んだらずーっと長くひきずる。
利用者さんや生徒に「どうしても」と頼まれると、ふらふらひっぱられる自信がある。冷たい態度をとられると委縮する。へこむ。くじける。「自分の精神をコントロールできない人には向かない」とのこと。

以上より、人間に深くかかわる仕事は私にとっては難しい。教員での二度の失敗が物語っている。だけども、第一印象では、何故だか「人相手の仕事に向いてる」と見られることが多い。

これからも就職活動をしたら、「教員の方が向いている」「事務のような仕事だと物足りないと思う」と勝手に決めつけられて言われることが多々あると思うけ ど、その言葉に惑わされてはいけない。相手に迷惑がかかってしまう。

<実習を終えての感想>

特別養護老人ホームへ2日間行った後:
ついさっき、この上にまとめたことと矛盾するが、実習を終えて、正直一言で言うと、「ありかも?」と思った。

最初はコミュニケーション力のなさ、声かけのできなさに凹んでいたけども、凹みまくる間もなく作業的なことも多くって、あっという間に時間が過ぎた。障害者の授産所で働いていた時の感覚に似ているかもしれない。

人間相手なので苦手分野には違いないけども、いい職場があれば働けるかもしれない。

デイサービスへ1日行った後:
当時気分が落ち気味の私だったが、実習先へ行くと自然と笑顔になった。
職員さんも利用者さんも笑顔が多いからだ。すごい職場だ。
こういうところで働いたら、笑顔あふるる人になれるかもしれない。
いや、でも学校勤めの時も、職場では笑顔だったが、反動で家で全く笑えなかったので油断は禁物。

デイサービスは特養より自立度の高い方が多かったので、そうなるとますます自分のコミュニケーション力のなさ、会話の広げられなさを痛感した。
これはもう、現場慣れしていないからというより、普段からの人との会話の少なさからきていると思う。改善できるんだろうか。

同じ介護の仕事でも、特養だったり、デイサービスだったり、グループホームだったり、居宅サービスだったり、形態によって仕事も利用者さんも全然違ってく るなぁ。そのあたりうまいこと探せば、自分にあった仕事もあるのかもしれない。

「自分には合わない」と授業の時に感じたことも忘れずに、だけども仕事の選択肢のひとつとしての可能性も忘れないようにしよう。

同行訪問に半日行った後:
このときは母が入院したところでバタバタしていて、あまり感想を書き留めていいていなかったが、1.5時間で洗濯と掃除とをやるという生活援助だった。実習生が伺うお宅って、どちらかというと楽な事例が多いのだろうと思う。

この日、「ホームヘルパーも、訪問先によってはできそうだ」なんて思ったが、いろいろな事例があることを忘れてはならない。

どちらにしろフルタイムで働く必要がある私は、訪問介護はやらないと思う。本職の傍らのバイト感覚で務まるような仕事ではないし、かといってそれ1本で稼げる仕事でもない。

その道を進むなら、夜勤ありの施設でフルに働かないと経済的に厳しいのではないだろうか。

<結局>

講座受講中には「私には難しい」と強く思ったのに、実習へ行って「できるかも?」なんて思った。これって実は教育実習のときと同じだ。実習を終えて「これ ならできるかも?」と感じたのだ。それでも教員は2度も失敗してしまった。だから、この実習後の感覚が正しいのかどうか、いまいち自分を信じきれない。

これから私がどんな仕事を選ぶのか、この資格を活かすときがくるのか、分からない。ただ、仕事の選択肢は広がった。

そして、2008年4月。母が亡くなる前日、「○ちゃん(私)がヘルパーとってよかった。こうやってお母さんに役立ってるやん^^」と言ってくれたのが、とても嬉しかった。

体を拭くぐらいはしたけども、はっきり言ってその時、資格を取って得た知識は全く使っていない。しかし、母がそういう安心感を少しでも持ってくれたことが嬉しかった。取った甲斐があったと思った。

 

3 転職活動、再び

母が亡くなり、実家から戻ってからの、2008年の転職活動の流れを記録しておきたいと思う。

<転職活動の流れ>

2008年6月
1 A社面接(住宅メーカーの経理・総務)→不採用
・ 経理の経験不足、教員を3ヶ月で無責任に辞めていることを指摘された。ごもっとも。

2 B社面接(障害者施設支援員)→辞退
・ 採用の方向で話が進んだが、よく考え直して、私は人と深く関わる仕事には手を出さない方がいいと思い辞退。今後、介護系は避けること。

3 C社(ホテルの総務) 書類選考→面接→不採用
・ 一口3,500万もする会員制のホテル。面接に進んだとウハウハ行ってみると、オーナーの経営する予備校で講師をやらないかと言われた。もちろん断った。総務では落ちた。

4 D社(現在の仕事。某事務)書類選考→筆記試験
・ 書類選考の後、筆記試験。

2008年7月
5 E社(病院の総務) 書類選考→面接・適性・小論文→不採用
・小論文は志望動機と絡めた作文だったので書けたが、1対3のお堅い面接で30分間人生を根掘り葉掘り聞かれ気が滅入った。暗くなって帰った。

4 D社(現在の仕事。某事務) 筆記試験→面接→採用
・筆記試験はなんとか通った。面接は面談という感じの気楽な感じのものだった。試しに1日仕事あり。後日採用の連絡あり。これにて活動終了。入った後で分かったけど、お試しの1日仕事の様子で仕事ぶりその他をみて、事務員が採用を決める。変わった職場だ。

終わってみれば5社と受けた数は少なかったが、ひとつひとつに時間がかかるので、長く感じた。3ヶ月の職歴をそうつっこまない会社もあってよかった。もう就職活動はしたくない。

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2007年冬に実家に帰って、2008年4月に母が亡くなり、四十九日の法要も終えて、6月に自宅へ戻り、7月に新しい仕事に就いた。

1年前(2007年7月)は、トリプルワークをしながら夏の帰省の予定を母に連絡したりしつつ、そういう日々がもう少し続くのだろうと思っていたのに、人生って分からないものだ。

私だっていつ死ぬか分からない。
だからますます、自分の思うままに生きたいと思う。

新しい仕事についていけるかどうか、全くの未経験分野なので分からない(正直しんどそうだ)けども、会社の経営状況としては前の会社よりよさそう。お給料もいい。母のおかげでよい条件のところに転職できたと思って頑張る。

…と思って早10年経過。今の職場も色々あるけども、なんとか続いている。


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