父が「くまごろう」と呼んでいるフリースはユニクロなのにあまり見かけないデザインだなと思っていたら、エンジニアドガーメンツとやらのコラボのだったみたいで、今年復刻されたのが売出し中。
それを見て「くまごろうやん!」と思いを馳せ、そろそろ年末年始の帰省だから、またくまごろう姿の父に会えるんだろうな、乾癬(皮膚病)で入院後、退院したけどもまだ肌はボロボロかなぁ、掃除がんばらないと…などと考えていた。
実家用のコタツ掛け布団のカバーも買った。先に送るか迷ったけども持ち帰ろうと思って、父と連絡をとるのはやめた。
23日月曜夜、早く寝ちゃおうと思って22時頃には布団に入ってうとうとしていたら、弟から電話があった。普段電話で連絡をとることなんてまずないので、嫌な予感がした。父がまた入院したのだろうか。出てみたら、父と連絡がとれず、心配で仕事後に実家に行ってみたら、トイレで倒れてて多分もう亡くなってるとのこと…
「えっ。」としか言いようがない。まるで実感がない。嘘でしょ。
そこから、弟は深夜に救急、警察の対応をして、私は弟の連絡を待って、朝方少し寝て、すぐにでも駆けつけた方がよいだろうかとも考えたけども、午前年内の仕事をとりあえず片付けて、午後消化器科の薬を取りに通院し、バタバタ準備して24日夜に実家に帰った。
駅まで迎えに来て貰おうとよぎって、そうか、父はもういないんだと思いなおす。深夜に実家に着いたが、当たり前だけど誰もいない。暖房がないのでひたすら寒い。(あとで気付いたらいつもと違う場所にファンヒーターはあった。)こんな寒いところで倒れて、弟が見つけるまでどのぐらい経っていたのだろう…
死因は推定で虚血性心疾患。心筋梗塞もやってその後も心電図でひっかかり毎月検査していたので、心臓は悪かった。恐らく、一瞬のことで長くは苦しんでおらず、誰かと一緒にいたとしても助からなかっただろうとの予測。
あっけない。あまりにもあっけない。
乾癬で入院したときに、実家の掃除がてらお見舞いに行けばよかった。皮膚病だから命には関らないだろうし年末年始にすぐに会えるからと行かなかった。
退院してからも乾癬は何度も繰り返すから、生活は大変だったみたい。心細かっただろうな… こんなことになるなら、一旦帰ればよかった。
退院後、12月頭にみかんを送るときにラインしたのが最後となってしまった。会ったのは9月が最後。
元気だったのに。
25日お通夜の日にはカレンダーに「レコード」と書いてあって、丘みどりの20周年記念アルバムがクリスマスプレゼントかのように届いた。楽しみにしていたと思われる。早速葬儀場で流して聞かせた。1枚目がカバーアルバムで私も知っている曲ばかりで、「丘みどり歌うまいよなぁ」と妹が言った。「そうやろう!」と自慢げにしてる父が浮かんだ。
お通夜の日は、私が葬儀場に泊まって父と同じ部屋で寝た。私が起きても父はずっと寝たまま。「なんでずっと同じ顔してるんよ」と言ってしまった。
26日に家族葬がつつがなく終わり、形ある父とはお別れとなった。骨となってしまうとあっけないなぁ。
夜にやっと落ち着いて、今回初めてコタツに入りテレビをつけた。見ながら横でブツブツ文句をいう人がいないと寂しい。父がいないのが未だに信じられない。
翌朝である今日、部屋の掃除をした。弟夫婦がざっくりしてくれていたので、楽だった。

綺麗にしても喜んでくれる人はいない。
掃除を済ませ、私は帰るだけだけど、弟は発見からノンストップで、喪主も務め、これからは諸手続が大変だ。丸投げで申し訳ない。
四十九日までは実家は維持することとなったけども、その後は恐らく取り壊して売却することになる。この実家に泊まるのも今度の四十九日が最後。掃除もその時が最後。
父は意外に終活を意識していて、亡くなったときに連絡する人リストや銀行口座一覧等弟に託していた。遺影にしてほしい写真(丘みどりとのツーショットの満面の笑み!)は保管場所含め私が聞いていた。
ガタガタの実家、父は「生きているうちはもって欲しい」と言っていたけどもなんとかもったし、車ももったし、免許ももったし、介護問題は発生しなかったし、認知症にもならなかったし、よかったのかな。
父の本音は、「○○(弟)が同居しようって言ってくれない」と嘆いていたので、乾癬が酷くなってひとり暮らしがますますしんどかっただろうと思うけども、それは弟には言っていない。
カレンダーの29日には「おせち」と書いてあり、冷凍庫にはこの寒い冬なのにアイスが大量に買ってあり、私と過ごす年末年始を楽しみにしてくれていただろうか。
9月のコメダモーニングが最後の一緒のごはんになってしまった。カレーも美味しく食べてくれたけどあれが最後か。本当はもっと色んなごはんも作れるのに、作らなかった。
繰り返しになるが、11月の入院時に帰らなかったことを一番後悔している。
こんなに早くお別れがくるとは思わず、帰省したときも父が喋っているのを聞き流すばかりで、何もじっくり話せていない。
母のときに散々後悔したのに、まただ。
寂しい。